2007年6月 2日 (土)

フィリピン腎臓移植は是か非か

5月12日(土)の読売新聞夕刊に「日本人に腎臓売った」という記事があった。

考え込んで今日になってしまった。
そして、九州でフィリピンの腎臓移植に関しての発表があった。

九州大学(福岡市)臓器売買をめぐる国際シンポジウム

腎臓売買に関してフィリピン政府が公認しようという動きだ。

今のフィリピンは臓器売買ブローカーが暗躍していると言って良い。
生活に困っている人間に声をかけ腎臓を提供すれば生活の面倒を見るとか大金を払うとかで腎臓を提供させて後は知らんぷり。この事態でフィリピン政府は「外国人に対しての腎臓提供を政府が管理することで腎臓提供者にも不利にならないような状況を作り、大金を出させて提供者の生活を見たりフィリピン人への腎臓移植の費用の補助にする。」と言う考えを出してきた。

新聞記事の内容は大学院教授の調査で「少なくとも10人の日本人が腎臓を購入した疑いがある」と発表した。
そして、日本の法律では外国であろうと売買は違法であると言う観点から調査を行っているようだ。
そこで考え込んでしまった。(-_-;)


もし自分の家族や恋人に移植しなければ確実に死ぬ人間がいたら。
自分はどうするだろう。
一方的に悪だと決め付けられない。
うーーん、結論は出ない。(-_-;)

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2007年4月30日 (月)

全国学力テスト

数日前に行われた全国の小6と中3が受けた全国学力テスト。
皆さんは問題を見ましたか。( ̄∇ ̄;)
凄いですよ。

全国学力テスト問題と解答

小6も中3も、こんなレベルで学力テストですか。(-_-メ)
国が求めているレベルがこれでは子供が馬鹿になるのは当たり前だ。(´o`)ハア~~
普通に塾に通って勉強の仕方がわかっている生徒にとってこの問題で間違えたら周りに馬鹿にされる。

解答解説を作ろうと思って問題を見ていて呆れ返った。

勉強もスポーツも競争せずに皆一緒という体制できた結果がこれですね。
競争社会に住んでいながら学校では競争はいけないという。
こんなレベルのテストに参加するとかしないとか議論しているのか。
スタンスがあまりにもアホ過ぎる。

子供はもっと能力があるものだ。子供の能力を伸ばさないで摘み取るような教育をやっている大人は日本をダメにするようにどっかの国に指令されて動いているのか。
こんな右翼のような発言を一般人にさせるような状態を何時まで続けるのだろう。

教育委員会の委員に関しても任命基準が曖昧。
今の状況は教育評論家みたいな良く分けの判らない者が何時選ばれたかも判らないようなうちに決まっている感じがする。

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2007年4月17日 (火)

スポーツ奨学金制度

以前から考えていたのですが考えが纏まらない内に高校野球連盟で何やらドタバタ。

「野球選手が能力があるからといって金銭や援助を貰っていてはいけない。」
理由は「金のある学校が選手を優先的に集めるのは平等性を欠く。」
という事。

まあ、人それぞれ考えはあると思いますが、私は次のように考えています。

いわゆる勉強が出来る生徒には奨学金制度が有り金銭的に困っているものでも勉強できるような制度がある。勉強という能力に対して援助制度が有るなら身体的能力に対しても援助制度があっても決して不公平ではない。
むしろ必要である。
ただそれが学校などの単位で援助制度を作ると金のある学校に生徒が流れてしまう。

そこで、こんなのはどうでしょう。

勉強に対しての奨学金制度と同じようにスポーツに対しての奨学金制度を作る。
これは、全てのスポーツに対して統一した団体で行い基準を設けて一定以上の能力があると認められた選手に対して生活・学費の援助をする。

もちろん援助期間が過ぎたら普通の奨学金と同じに返金していく。

そして、学校以外でもスポーツ留学とかにも適用範囲を広げる。

野球など学校からの援助により不公平が生じると判断する競技に対してはこの奨学金以外の援助は認めないとすれば貧乏からスポーツをやめざるを得ないような事態は避けられる可能性が高い。また、これなら金銭面でどの学校へ行こうが条件は同じ。後は本人の意思しだい。援助やむなしという競技であれば更に援助を学校とか団体がすれば良い。

全競技の統一団体が出来なくとも野球のように援助一切禁止というなら高校野球連盟自体で奨学金制度を検討すべきだ。
それがなくしてただ禁止では貧乏人は野球をやるなというレベルだろう。

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2007年4月 4日 (水)

体罰と暴力補足

既に述べましたがσ(^_^)は体罰と暴力は違うと思っていますが、その区別がつかない人間が同じ論理でクラスを支配するとこれはとんでもない状態になります。
 まずは教師というより人間として成長していないものが授業をしていることが一番の問題であると思っています。
人間として成熟した教師が授業を持っていれば、体罰が問題にすらならなかったでしょう。
本当に頑張っている教師がこのような粗悪な教師によって「同じ穴の狢」として扱われているのも事実です。
本来こうした教師をホローして問題教師を排除するシステムが構築されて始めて教育改革が進むのではないかと思います。

体罰と暴力1

体罰と暴力2

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2007年4月 3日 (火)

教員免許の更新

驚かれるかもしれませんがσ(^_^)はこの制度には反対です。

更新のために勉強をしてその為に授業が疎かになったりしては元も子もないし現実まじめな教師であればあるほど過重労働状態に陥ります。

教員に適さないものは更新などといわずに何時でも審査して免許を停止、免許取り消しを行うべきです。クレームが来たときや問題が起きた時には直ぐに審査すれば良い。

それよりも、夏休みなど時間が取れるときにキチットした研修を行う方がよほど良い。
教育実習だけでなく、医者と同じようにインターン制度をつくり新人教師をいきなり授業に入れたりしない。
現場の教師は普段の授業や生徒指導などをやっていると自分で時間を作って勉強をしたり自分の授業の見直しをする時間など殆ど取れないでしょう。
その為には夏休みなどで新しい知識や授業のあり方を話し合ったり他人の授業を見るとか自分の授業を見てもらい意見交換をする。ベテラン教師や成績を伸ばしている教師の授業を見たり授業を見てもらい意見を聞くとか(これは塾の教師も含む)、上の学校の教師から入学してからどういう点で問題があるかとかその問題点をどう今の学校で修正できるかとか研鑽を積むシステムを作った方がよほど良い。

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線引き2

つづき

初回と2回目で授業で「守らなくてはいけないルール」と「ゆったりとして良い時と真剣になる時の区別」をしっかり教えます。
これがタイトルの線引きです。授業は集中力が要りますがその為には息抜きで冗談の1つも言いながら笑いも取ります。そういう時は思い切り笑い周囲のものと話をしても問題ないが集中して聞かなければならない時には一言漏らさず聞き取ろうとする姿勢を作る。その区切りのラインをキチット生徒に示していくことで生徒たちは無意識に集中したりくつろいだりが出来るようになり成績も上がります。

これに失敗すると「この先生の授業はうるさくて聞こえない」など授業崩壊に繋がります。
成功すれば1年間は殆ど怒鳴ったりせず生徒も楽しく授業を受け質問にも良く来るようになります。ちなみに生徒の質問は必ず受けます。授業直前なら時間を決めて必ず受けます。これがないと信頼関係が築けません。

アンケートを取っても「汗臭い」・・(^^ゞ最低
字が汚い・・・(^◇^;)ごめん というのはあっても授業が判らないというのは無い。
少し難しいというのはあるけど。というのはレベル別授業になるので高いレベルと要求したりがあるのでホローが必要な生徒がどうしても出るということです。こういう子にはしっかりホローしてあげれば問題ない。

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2007年4月 2日 (月)

線引き1

体罰と暴力の話でσ(^_^)が塾で授業をしていたときに子供をバシバシやっていたように思った方も多数いたと思います。現実にはその必要はありません。

ポイントは「線引き」

これは学校のように制限された状況でない塾での授業の話なのでその点を踏まえて読んでください。

よく塾では新人や他の教師が授業を見学に来ます。その時、「このクラスは静かに授業を受けて集中してますね。これなら授業もやりやすいでしょう。」という感想を聞きます。
これは間違いです。実際は「このクラスは静かなクラスなのではなく真剣に授業を聞く体制を作ったのです。」という一言に尽きます。

その体制は始めてそのクラスに授業に入った最初の1ヶ月で決まります。もっと言うと最初の授業と2回目の授業で「線引き」をしっかり出来るかどうかで決まります。

まず始めて授業に入ったときに一人でも喋っていたら話し出しません。じっと静かになるまで待ちます。それでも静かにならなければ出席簿で教壇を大きな音が出るように叩きます。一瞬静けさが出来たときに何事も無かったように静かに話し始めます。

内容は授業の目的、目標、ノートの使い方、そして授業を受けるときのルールなど授業を受ける最低限の事柄です。

学校と違い授業時間は週に2時間位で学校より多くのことを教え身に付けさせねばなりません。授業では教師がいなければ出来ないこと、家では教師がいなくても出来ることを分担して勉強をしなければなりません。練習量確保には宿題も必要です。
授業の最後にその日教えて練習したこととほぼ同じ内容や少し捻った問題を宿題に出します。

2回目の授業の最初に宿題の答え合わせや質問を受けます。その時宿題をやっていなかった者をキチット追求します。理由をしっかり言わせます。この時にどうしてもやることが不可能だったという場合は認めます。いい加減な理由で反省していないようなら怒鳴ることもあります。そして理由の如何にかかわらす何時までにやるかを自分で申告させます。そしてそれを必ず生徒のノートと自分のメモに残します。この辺りをキチットしておかないと宿題はやってこなくても問題ないと生徒はやらなくなります。

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体罰と暴力2

続きです。

 体罰はいけないという前提で論議されていることが多くσ(^_^)は矛盾を感じます。
σ(^_^)は体罰は暴力とは違うと思っております。

本来体罰とは誰から見ても必要なときだけ行われるべきことだという前提ですが。
もちろん怪我をさせるようなものは問題外です。心の傷も与えてはいけない。

その上でこんなことを考えました。
 大人社会には究極の体罰が必要だから法律としてそれが存在します。口で言って判らないものには懲役刑や死刑が存在します。。
懲役刑は体罰でしょ。死刑は究極の体罰でしょ。

 大人でさえ口で言って判らないなら体罰が必要だとどの国も認めているのです。
殺人犯に「人を殺してはいけません」と口で諭して説得しますか。
殺してはいけないことは判っているのです。もっと酷いのは「何で殺してはいけない」というものです。殺すことに罪の意識が無いもの反省が見られないものを、そのまま社会に戻しますか。

子供の社会というのは大人社会と全く同じです。
特に理屈ではなく「騒ぎたいから騒ぐ」「面白いから虐める」というような論理できて怒られたり罰せられたりしないことが規則は守らなくても良いという意識を植え付けます。

以前も書きましたが「歩行者信号を守らない大人」、「火のついたタバコを道端に捨てる大人」とおなじで、規則を守らなくても良いんだという教育をしているようなものです。

 成人式で騒いで逮捕される若者。この時初めて罰を受けます。でも、今まで何をしても罰を受けなかった者が突然罰を受ける。彼らはこれを「理不尽だ」と受け止めるのかもしれません。

学校現場での先ほど書いたような状況。
これでは教育は出来ません。というより正しいことをした者が罰を受けるという逆教育の極地です。
塾でも宿題をやって来なかった者を叱ると「体罰だ」と喚く子供がいます。
つまり「怒られることを「理不尽」と受け取っているのです。

体罰と暴力補足

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2007年4月 1日 (日)

体罰と暴力1

この所、「どこまでが体罰か」などと論議されることが多くなってきました。
教育改革が政治テーマとしてクローズアップされているせいか色々な番組でも取り上げられているようです。
で、体罰の基準がどうのこうのと話題になっているので
http://www.study.jp/news/2007/gov/data/07020701.html
を覗いてみました。

これで学校の先生は授業が出来るのでしょうか。

 「立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる」これが新たに体罰ではないとされたということですがと言う事は今まではこれを体罰として扱っていたということですよね。
それで「授業崩壊」って当たり前じゃないですか。

 また、携帯電話に関しても「授業中にメール等を行い、学校の教育活動全体に悪影響を及ぼすような場合、保護者等と連携を図り、一時的にこれを預かり置くことは、教育上必要な措置として差し支えない」とした。一々保護者と連携を図らないと取り上げることも出来ない。これが教育現場ですか。塾なら叱って当たり前。やる気が無いなら教室から出します。これじゃ学校の先生が辞めていくのが当たり前です。

 もっと酷いのが「児童生徒から教員等に対する暴力行為、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為を避けるための有形力(目に見える物理的な力)の行使も「正当な行為」として位置付けられた。」という1文。今までは暴力行為に対してこちらが力を使うとそれは体罰とされていたって事でしょうか。(-_-メ)

体罰と暴力補足

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2007年3月19日 (月)

駄目教師の例(2)

塾教師時代、私が担当していた生徒が登校拒否になった。

その原因は虐めではなく担任教師の言動。

その教師が担当になった生徒は毎年何人も登校拒否になる。
調べてみると転任する前の学校でも同じことが起こりその学校にいられなくなった為に転任してきたという噂が。(-_-メ)
こういう教師が首にならずに都合悪くなると転勤させて誤魔化すというお上のやり方に一番の問題がある。最近はこのての教師を再教育という名前で研修というのをやっているようだが意味があるのかどうか。教師にするかどうかの前の人間としてどうなのかのレベルで子供たちの前からデリートして欲しい。

 最近ニュースにもなった子供の死亡写真をホームページに載せるような教師とか(-_-メ)
ふざけるなというレベルの教師が世の中に入る。

σ(^_^)がいた塾のあるスクールの若い教師がどうやらとんでもない奴だったという噂が入ってきたことがある。女子生徒の複数の家に卑猥な電話をかけていたらしい。
あるとき突然首になり理由も発表されなかった。ところが、噂が流れてきた。
σ(^_^)の所に流れてくるくらいだからそのスクールの管内の親たちのところへもかなり流れたでしょうね。

こういう教師がいると、その学校や塾の他の教師が幾ら優秀で一生懸命やっていても全てその学校や塾にいるだけで駄目教師の仲間入りしてしまう。(TヘT;)可哀想

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